設計は村野藤吾、内部の装飾にガラス工芸作家岩田藤七、モザイク作家作野旦平が参加しています。
千代田生命が銀座から中目黒に移転するために建設し、
竣工した1966年当時としてはとても大きく豪華なビルです。
千代田生命→GIAののち、土地・建物の売却を経て
2003年に目黒区総合庁舎として生まれ変わりました。
建物は40年を過ぎているのですが、空間にゆとりがあり、事務所用途→市庁舎機能へ改修(防災用途としての耐震補強も含む)した現状でも、どこか他にはない良さが感じられます。
大きな特徴と感じるものは、千代田生命時代建物に来客が車で建物にアプローチして車寄せで降り、メインエントランス(入口)から豪華なエントランスホールを通って、その先にある階段を通って役員会議室までのルート(動線)、そして 緑豊かな中庭・池を望む建物です。

エントランス中に入ると、白亜な広い空間。

左には、透明アクリルの十字型照明器具 右には水盤があり、水循環による波紋は朝陽が差し込むと天井に水紋の反射光が投影されて一期一会の光の文様が見られた という。その光景は、この白い空間の中でさぞ美しかったのだろうと思うのですが、、、
現在は照明器具の点灯もできないし、水は張ってあるけれども水流はなし。公共の施設となり、誰かが間違えて水に入っちゃ困るだろう、と進入禁止のロープが張り巡らされています。かつてこの空間を引き締めていたエミリオ・グレコの彫刻も今は存在していません。

天井には、作野旦平制作のモザイクタイルのトップライトが8つあります。常時点灯はしていないらしいのですが、今回のガイドツアーのために点灯してみると春夏秋冬のテーマが浮き出てきます。

春、夏。

秋、冬。

メインエントランス空間を通り抜け、階段への区切りに岩田藤七制作のガラスがあります。想像していた以上にじみーーで、、、ガラスではなく樹脂のような印象です。村野藤吾さんも出来上がりのガラスを見て、地味でお気に召さなかった とか。

近寄ってみてみると、ガラスがどのように制作されたのかが興味そそられます。

そして、この優雅な階段。来客が車で建物にアプローチして車寄せから降りてエントランスホールを抜けて千代田生命の重役に会う・・・圧倒的な印象付けですね。
もう一つ感じた大きな特徴、池・せせらぎある水空間と緑の空間を囲むようにある福利厚生棟と事務所機能棟。(現在は経費がかかるという理由で、滝や水流がありませんし、当時庭にあったヘンリー・ムアーの彫刻もAIGが動産ということで持って行かれてしまったのだとか)
竣工した1966年、当時の中目黒は周辺は野原で
銀座にあった本社機能を中目黒に移転すると、多くの女子社員が辞めてしまうのでは心配して、充実させたのが茶室含む福利厚生棟でした。

ここは保養所か?と思うほどにゆったりとした和室がいくつかあって・・・。当時の女子社員たちは、こちらでお茶なり算盤なり、余暇と言うよりもお稽古ごとに励んだそうです。
今現在では、区民が自由に使えるようになっていまして、(茶室などは要予約)
中庭の池を望む、この美しい桟のある障子のある和室に赤ちゃん・子供連れのお母さんたちがベビーカー押して集まり活気づいた交流をしている風景が印象的でした。
セキュリティー重視の本社ビルを公共性の区役所機能に変更したため、一般利用者にとっては館内がわかりにくい、というデメリットもありますが、安い食堂や喫茶、屋上庭園や所々に点在する休憩コーナーが一般にも解放されていて、多くの人々が集まって来る場となっています。
用途も変更したために千代田生命ビル当時のような姿を再現はできないために、残念に思う部分もありましたが、40年過ぎても遜色なく現在も引き継がれ、先々も継続を予感させるということは、とても素晴らしいケースだと感じます。
【光のある空間・日本の最新記事】



